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  • 執筆者の写真Sayuri Sakamoto

ヨガの先生をしています、

更新日:2021年10月15日

ヨガの先生をしています、


というと

食生活がオーガニックでナチュラル、とか

早起きはできるし

いつもニコニコ、キラキラしている



ようなイメージをもたれがちですが


私に関して言えば


ジャンクが大好き

早起きが苦手

精神が不安定


の真逆をいっています。



なんとなくみんなを裏切っているような気もしますが

これがわたしです。



なんで急にこんなことを言うのかというと


最近のヨガのイメージ、ばかりが先行しすぎて

自分にはちょっと、って思ってる人がいたら



それはほんとーにもったいないと思うのです。
















うまく言えるかわからないですが





私がヨガを始めた頃は、精神的にもかなり落ち込んでいて


ほとんど運動というものをしてこなかった体はがちがちで



無理せずにポーズとるなんてそれが無理なんですけどーーーというかんじでした。




その頃はとにかく毎日がつらく、しんどくて、ひきこもっていましたが


ワラをも掴む思いでヨガのクラスには通っていました。



何がそんなにしんどかったかというと今思えば


こうあるべき、とか こうしなくちゃいけない、



みたいながちがちの思い込みのなかで身動きがとれずにいたんだと思います。







思い込むのはずいぶん得意だったようで



ヨガをやればなんかよくなるはず!



と思い込み練習をがんばり



だんだんと胸がひらき、呼吸が通り、こんな世界があったんだ、、と感動するほどでしたが



今度は世の中一般のヨガのイメージと自分のできていること、できないことの差を気にし始め



ヨガをやっているのになんで自分は、”よく”なれないのだろう



もっと”よく”なれるはずなのに



とありもしない完璧なイメージと自分を比べ卑下したり



本当に書いてて愚かですが、



自分の思い込みの中に自分で自分を閉じ込めているんだ



本当のヨガの考え方を通してそういうことに気づけたのも実は最近のことなんです。







今だにストレスがたまると過食気味になったり


理由もなく心が暗くなり、涙がでてくるときもあるけれど



以前ほど自分を責めなくなりました。



もちろん、こうなるまでたくさん時間がかかりました。



家族や、色んな人に助けてもらい、辛抱強く話を聞いてもらったり


練習に取り組んだりするうちに、そこから抜け出す時間がふえ、心がほどけていくようになりました。





どか食いしても、あーあ、と思うにとどめる


涙が出てきてしまうときは、寝るか、薬に頼るか、誰かに話を聞いてもらう


早起きの練習はあきらめて夕方練習することにする




いまはこんな感じです。



なんとかかんとか、ごまかしながらでも


生きることをやめなければいいのだ、という風に思っています。
















わたしはいま、ヨガを教えていますが


みなさんから学ぶことのほうがずっと多く感じます。


マットの上でのポーズの完成度は、ある程度練習すれば誰でも高まっていくものですが


ヨガは決して見た目の美しさや体の柔らかさ、

ポーズの難易度を誇示するものではないのです。



仕事でも家庭でも友人関係でも


与えられた環境で自分のやるべきことをすること


家族に、周りの人に、自分自身に敬意をはらって


愛情をもって尽くすこと


感謝と思いやりをもって、調和の中にいきること


マットをおりてから、どれだけやれているだろう



できるようになるまで、へたくそでいい、やり続けること


誰よりも、できないから続けているのだと思っています。



体がかたくても、何歳からでも、ヨガははじめられます。




ヨガは生き方そのものだからです。






私がなんとなく今の場所を見つけられたように


ちょうどよいパンツのゴムひものように


穏やかでシャンティでいられる場所は必ずあります。





そしてヨガはその場所を見つける手助けになります。















大丈夫だよってかけてもらった言葉の数だけ


誰かに届いたらいいなと思っています。






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